私たちの国は,少子・高齢化,環境・エネルギー問題といった厳しい社会問題に直面するとともに,急速に発展する社会のグローバル化の中で,産業競争力を維持しつつ,活力にあふれた社会を実現することが望まれています.このためには,国民が安心して生活を送られるように環境を整備し,ゆとりや豊かさなどの質を向上することが大切です.これらの課題を解決し,豊かな社会を実現するための一助として,ロボットに代表される知能機械が何らかの形で社会に役立つことが期待されています. 最近,愛らしいペットロボットや便利な掃除ロボットが商品化され,人間型二足歩行ロボットが歩いている映像がテレビ等で放映されています.これらは,ロボットがより身近な存在として人々と共存する社会の実現を予感させてくれます. 一方,私たちの国は,出生率の低下による少子化と平均寿命の伸びに伴う高齢化が進んでいます.少子・高齢化がすすんだ社会では,生産人口が減少し,産業全体の衰退が危惧されるとともに,高齢者福祉に関係した従事者の需要増に対応出来ないという心配があります.将来,企業にとっての労働力の確保が極めて重要な課題となり,そのためには,高齢者の社会進出を支援することも考えなければなりません.また,身体の機能の衰えが顕著な高齢者を有する家庭では,身の回りの世話をする介護力の援助が必要となります.このような観点からも,ロボットに代表される知能機械が,人間に対する介護支援,あるいはそれに準ずる働きを行うことが期待されています. このように将来期待されている,人間と共存して人間を支援する知能機械が,より人間にとって安心出来て心理的に好ましい振る舞いを示すためにはどのようなことが重要であるかに注目し,研究を行っています. 人間にとって安心出来,心理的に好ましい振る舞いを知能機械が行うために重要なこととは? いくつかの重要な要素があると思います.知能機械の構造(自由度)もそのひとつですね.例えば,人間と同じ部屋にいて,人間のために身の回りのものを運ぶ,手渡すというようなタスクを行うパーソナルな知能機械を考えた場合,人間にとってより親しみやすいものであるためには,生成する運動を予測しやすいものとするためにできるだけその構造を単純化し,日常生活で用いられる道具や機器の延長として位置づけられるものからスタートすることが重要であると考えています.つまり,今まで慣れ親しんだ道具や機器に少しずつ知能や機能を付け加えていけば,知らないうちに上手に使いこなしている自分に気づくことでしょう.いわゆる「ロボット」という存在に身構えたり気を使ったり,使いこなすのに多大な労力を必要とするようでは,ロボットに興味のある人とそうでない人,若年者と高齢者の格差が大きくなり,理想的な共存関係とは言えません.あくまで道具の延長上にある「知能機械」から共存関係は始まるべきでは・・・と思っています. もうひとつ,私たちが注目しているのは,知能機械が生成する運動軌道です.従来,ロボットに代表される知能機械は,主に工場内の組み立て作業のように人間と隔離された空間で活躍してきました.そのような知能機械は,正確に,速く,高効率で動作を行うことが重要とされてきました.しかし,今後期待されている人間と共存する知能機械の場合,そのように険しい表情で運動するのではなく,人間に気を使い,人間のペースに合わせ,やさしい表情で運動すべきだと考えています. ひとに気を使い,人のペースに合わせ,優しい表情を知能機械が生成するには・・・? その一つの答えとして,我々は人間が生成する滑らかで優れた運動特性に注目しました.人の生成する優れた運動特性は,オリンピックのテレビ放送で,優れたアスリートの滑らかでダイナミックな演技を見て感動したように,見ている人の心をさわやかで清々しい気持ちにしてくれます.また,人間の生成する運動特性には,独特の滑らかさがあり,そして,滑らかさを乱す悪い要素をうち消す能力が備わっているのです.このような人間の生成する優れた運動特性を知能機械に応用するために,まず人間の滑らかで優れた運動を詳しく分析し,人の心に影響を与える因子を抽出して,知能機械の構造,形態に合わせてそれらを適用しようという研究を行っています.